サンドバッグの思い出…

  • 2017.09.07 Thursday
  • 22:26

 

 

 

遠い昔 そう!まだ 空手に目覚めたての頃 よく中学校の運動場で稽古をし

 

ていた…

 

当時は サンドバッグっていうのは あまり出回ってなくて 値段的にも高く

 

生地的には 帆布(小学校で使った体操マットの生地)か革しかなかったと記

 

憶している。

 

当然に革は 手が届かなかったので 帆布を 確か1万3,4千円だったか…

 

武道具屋で注文して買った。で 買ったのは良いが 吊るす場所が無く(笑) 

 

近くだった中学校 家から距離にして300mぐらいか?…とにかく30圓△

 

サンドバッグを担いで持って行き 吊るして叩いていた。

 

稽古は もちろん夜だ。

 

当然 行きは良いが帰りはキツイって思うだろうが キツかった記憶はまったく

 

ない。

 

空手バカの懐かしい思い出だ。

 

そんなこんなで おニューのサンドバッグ来ました。

 

 

 

 

カワイイお便りから…

  • 2017.08.15 Tuesday
  • 22:29

 

⇑⇑こんな カワイイのが届きました。

 

Yくん、Nちゃん ありがとう。

 

みんな お盆で里帰りしたんかなぁ…

 

そう!お盆で思い出したが この前 子供にお盆って何?って聞かれたけど

 

上手く答えられなかったので調べてみた。

 

亡くなった人があの世から戻ってくるっていうのは よく親から聞かされたが

 

元々は 7月15日を中心におこなわれていたそうだが明治6年以降全国的に

 

8月15日になったらしい。厳密には 8月13日〜16日をお盆という。

 

また 仏教が伝わる以前からお盆という風習はあったという。

 

そう思ったら8月15日が終戦記念日とは 何か考えさせられるなぁ…

 

ホタル帰る…

  • 2017.06.25 Sunday
  • 14:36


 

 

 

1945年、6月6日 そう!今から72年前、出撃され亡くなった

 

宮川軍曹がホタルになって帰ってきたという 有名な話だ…

 

当時、軍の指定食堂だった知覧の富屋食堂(今は資料館になって

 

いる)を経営する鳥浜トメさんは 隊員たちから小母ちゃんと慕

 

われ、お二人の娘さんたち家族で 出撃する特攻隊員を暖かく迎

 

え、送り出しておられた。

 

そこにやって来た宮川軍曹は、出撃までひと月半ほどあり、他の

 

隊員たちよりも鳥浜家の家族とは仲良くなっていたという。

 

そんな中、いよいよ出撃となる前日、トメさんに向かって「小母

 

ちゃん、俺、心残りのことはなんにもないけど、死んだらまた小

 

母ちゃんのところへ帰ってきたい。なぁ滝本」「うん」と滝本の

 

声がした。「小母ちゃん 俺たち帰ってきてもいいかい」…

 

「そうだ、ホタルだ、俺、このホタルになって帰ってくるよ。」

トメさんは言った。「ああ、帰っていらっしゃい。」

 

宮川軍曹は腕時計を見ながら伝えた。

 

「九時だ。じゃ、明日の晩の今頃に帰って来る事にするよ。俺た

 

ちが入れるように、店の正面の引き戸を少し開けておいてくれよ」

「わかった。そうしておくよ。」

宮川軍曹はさらに続けた。

 

「俺が帰ってきたら、みんなで<同期の桜>を歌ってくれよ」

「わかった、歌うからね・・・」

出撃の朝は雨だった。

 

夕刻、トメさんが店を片付けていると、いっしょに出撃したはず

 

の滝本伍長が入ってきた。…

 

二人は出撃したものの、雨で視界が悪かったため、沖縄までたど

 

り着くことができるかどうかも怪しいほどであった。

 

滝本伍長は二度、三度となく宮川軍曹に引き返すよう促すが、宮

 

川軍曹は「おまえは帰れ、俺はいく」という身振りで一向に戻ろ

 

うとはしなかった。ついに、滝本伍長はひとり、引き返した。

夜になって、ラジオが九時を告げニュースが始まってすぐのこと

 

だった。わずかに開いた表戸の隙間から、一匹の大きなホタルが

 

入ってきた。

二人の娘さんたちはほぼ同時にその光景に気がつき、叫んだ。

 

「お母さーん、宮川さんよ、宮川さんが帰ってきたわよ!」

 

トメさんは息を呑んだ。

そこには、紛れもなく帰ってきた「宮川軍曹」がいたのだ。

 

気がつくと、店にいた兵士、滝本伍長、そしてトメさんと娘さ

 

んたちは「同期の桜」を歌い始めていた。

貴様とおれとは
同期の桜
おなじ航空隊の
庭に咲く
咲いた花なら
散るのは覚悟
みごと散りましょ
国のため

貴様とおれとは
同期の桜
離れ離れに
散らうとも
花の都の
靖国神社
春の小枝で
咲いて逢ふよ


みんな涙を流しながら、いつの間にか男も女も肩を組んで天井を

 

見上げながら歌っていた。宮川さんがほんとうにホタルになって

 

帰ってきたのだ。涙の歌声はいつ果てるともなく続いた。

 

このとき宮川軍曹、わずか20歳だった。…

 

… 今回改めて読んで またまた涙しました。

 

 

 

この国を命を懸けて守ろうとした方たちがいて、我々が今ここに

 

生きています。

 

その方たちの為にも、我々は本気で生きて、この愛すべき日本の

 

国、日本人の魂、伝統文化をしっかり守っていかなあかんと改め

 

て思いました。


 

 

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